サンライズ(揚昇)ゴルフクラブ
グリーンの難易度が高い「揚昇ゴルフクラブ」 台北近郊のゴルフコース「揚昇ゴルフクラブ」。LPGA台湾チャンピオンシップも開催された、ロバート・トレント・ジョーンズ氏による設計のゴルフ場で、桃園地域で最も有名な国際的コースです。 フェアウェイの地形は様々、また台湾のゴルフコースのなかでは柔らかめになっています。またクラブハウスの中も豪華で、レストランも本格的な味が楽しめるほか、打ちっぱなし練習場やサウナ、宿泊施設まで揃っていてホテルのようです。
揮皇(新淡水)ゴルフクラブ
景観が素晴らしい「新淡水ゴルフクラブ」 「新淡水ゴルフクラブ」は、山の上にある眺めのいいゴルフ場で、淡水や八里・台湾海峡や市街を一望できるリフシュにも最適なコースです。 地形上アップダウンが激しいうえ、フェアウェイも狭く平らな場所が少ないので、キャディーに狙い目のポイントを教えて貰ったり、ボールを多く持っていくことがおすすめです。そしてバンカーの砂も柔らかめなので大きいバウンズのウェッジも必要になります。
台湾・八里国際ゴルフクラブ
台湾海峡を一望できる「八里国際ゴルフクラブ」 台北近郊のゴルフコース「八里国際ゴルフクラブ」を紹介します。 台北北部にあり台湾海峡を一望できる全18ホールで、前半9ホールと後半9ホールは地形が異なります。前半はアップダウンが少ない分、風の影響を受けやすく草も長いので思わぬミスをすることが多く、後半は池が多くなるので慎重にプレイする必要があります。 海を眺めながらプレイするゴルフは格別な気分が味わえるうえ、カートで周れるので体力の負担も少なくて済みます。
台湾の美味しいフルーツ 「パパイヤ」
美味しいフルーツ 「パパイヤ」 小さい頃、「君たちキウイ・パパイヤ・マンゴーだね~♪」と聴いて初めてパパイヤ(木瓜)の存在を知った、日本ではあまり見かけないパパイヤも台湾では至る所で見かけます。パパイヤはしみやそばかすを緩和する効果があると言われ、太陽が照りつける台湾では是非食べたいですね。また、母乳の出が良くなると言われていて、台湾では出産後(坐月子)にパパイヤをよく食べるそうですよ。パパイヤを手っ取り早く楽しむならパパイヤミルク!ちょっとクセのある味ですが、ハマれば毎日でも飲みたくなります。また、青パ ...
林口ゴルフカントリークラブ
台湾の名門ゴルフコース「林口ゴルフクラブ」 台北近郊のゴルフコース送迎付き予約プランは「林口ゴルフクラブ」。台湾の中でも名門と謳われるコースで、毎年トーナメントも開催されています。 林口台地の丘陵地帯に位置し、両サイドには針葉樹林が広がる雰囲気の良いコースです。東西南の3コース・27ホールあり、いずれも9ホールで3500ヤード前後、フェアウェイも広いので気兼ねなくショットが打てます。 どこも適度な難易度で起伏も激しくないので、初心者から上級者まで楽しめ、レンタル品も充実しています。
美麗華(ミラマー)ゴルフクラブ
緩やかで開放的なコース「美麗華ゴルフクラブ」 台北近郊おすすめするの「美麗華ゴルフクラブ」。ジャック・ニコラス設計のコースで、200haある敷地は青々とした芝生が使われていて、A・B18ホールあります。 Aコースは6835ヤード・Bコースは6777ヤードとどちらもそれほど長くなく、アップダウンも緩やかなので周りやすいです。また、クラブハウスのロッカーやシャワー室も広々とした造りで清潔感があるので女性にも人気のうえ、湖面が見渡せるのでリラックスもしやすいです。
台湾でゴルフ
台北で一度はプレーしたいゴルフ! 天候も1年中ラウンドに最適 亜熱帯に位置する台湾は、1年中プレーを楽しめるゴルフ天国です。台北市内からのアクセスが良いゴルフ場も多く、観光と組み合わせてラウンドすることもOK。台湾(旧淡水)カントリークラブなどの上級者も満足の名門コースがある一方、美麗華カントリークラブなどのゴルフデビューに最適なコースも見つかります。 台湾駐在中は、ロイヤル関西ゴルフクラブ で毎週プレイしておりました。年間会員になれば、安くプレイができます。また、山々が育んだ大自然に囲まれ、四季折々に豊 ...
台湾は独立国 香港との違い
台湾と香港には違いがあります。 香港の歴史 香港はもともと中国南部の小さな漁村にすぎませんでした。 しかし中国(当時は清という名前)は1841年のアヘン戦争でイギリスに敗北し、イギリスに香港をとられてしまいます。そして、香港はその後約150年にわたるイギリス統治を経て、1997年に中国へと返還されました。150年の間、イギリスは香港を自由貿易港として整備し、貿易に関税をかけませんでした。そこへイギリス式の資本主義制度が導入されたわけですから、香港の経済は飛躍的に伸びたのです。だから1997年に中国に返還さ ...
台湾は独立国 中国との違い
中国と台湾の歴史をザックリまとめて紹介します。 1616年から1912年までの期間、中国には清という国でした。 清は大国でしたが、末期にはヨーロッパや日本と戦争をし、負け続けたくさんのペナルティーが課せられていました。具体的には、外国に領土を奪われる賠償金を支払うなどです。賠償金は、民衆の税金を増税し支払おうとします。民衆は清政府に不満を持ちはじめ、清末期には、民衆による大きな反乱がいくつか起きます。民衆の不満を背景に、孫文(中華圏では「孫中山」という名前で知られています)という男が立ち上がります。明治維 ...
民主独立国家 中華民国(台湾)
台湾で来年1月に行われる総統選で再選を目指す与党、民主進歩党の蔡英文(さい・えいぶん)総統が、これまで口にすることを避けてきた「中華民国」という台湾当局の公称に言及する場面が増えている。蔡氏が「中華民国」という名称を避けてきたのは、民進党の伝統的な支持層である「台湾独立」派に、蒋介石政権による弾圧の記憶が根強い「中華民国」体制への反感があるためだ。それがここにきて中間層や野党、中国国民党の支持層をも念頭にウイングを広げる戦術に転換し、支持者の切り崩しに対し国民党は警戒している。 「2300万人が台湾でと ...
台湾民主化へ
李登輝総統以後、徐々に民主化され、言論の自由を得て、やっと少しずつ、二・二八事件や白色テロ被害のことを語れるようになったとはいえ、事件における死傷者の数や、責任を負うべき人々などについて、まだまだ調査が必要である。だからこそ、“転型正義”が求められている。 台湾においては、蒋介石・蒋経国時代に行われた違法行為や人権侵害に対し、責任者の処罰や被害者の名誉回復・補償を行なう必要がある。2016年の選挙によって、台湾史上はじめて、総統も国会も台湾派が担うこととなった。 台湾人の期待を背に、蔡英文総統はスピードが ...
台湾人の台湾
1947年2月27日の事件から派生した民衆の抗議活動は台湾全島に広がり、「台湾人にも社会参画する権利をあたえよ」という正式な要求を行政長官に行うまでに至った。陳儀行政長官はそれに応じるかのようにふるまいながら、一方で中国大陸の蒋介石に救援を求める電報を打っていた。蒋介石はすぐに軍隊を台湾に差し向け、3月8日に上陸した中国兵は無差別に台湾人を殺し始めた。無実で無抵抗な台湾人を簡単に殺す中国兵こそが、「台湾人は中国人ではない」と証明している。 それにもかかわらず、日本人、外国人、台湾人のなかには、間違った「台 ...
中華民国(国民党)との対立
台湾理解を深める。ニニ八和平公園と記念館 総統府からも近い位置に、ニニ八和平公園と、ニニ八記念館があります。 ここも日本統治時代の遺産ですが、日本の統治が終わった1947年2月28日、新たに統治者となった中華民国(国民党)と民衆が激しく対立するニニ八事件が起こります。むしろ日本統治が終わってからの台湾にとって意味深い場所となっています。 「台湾を知る『ニニ八事件』) ニニ八和平公園(旧:台北新公園)ニニ八和平公園 日本統治時代に入り、都市計画の一環として造成され、1908年に開園。台湾初のヨーロッパ風近代 ...
親中派の台頭 馬英九総統の外交政策
「親中派の台頭」 馬英九総統の外交政策、対日戦略のブレーンで中華民国総統府国家安全会議諮問委員を務める楊永明台湾大学教授は、「日台間では相互に友好感情が存在するという基本認識です。台湾はおそらく世界で最も親日的な社会であり、日本でも台湾に対する好感が広範に存在しています。」としています。同じく中華民国総統府国家安全会議諮問委員(閣僚級、日台関係担当)を務める李嘉進は「日台は、通常外交では国益が基本ですが、日台は特別。お互いの好感度が抜群に高く、戦前からの歴史が育てた深い感情が出発点となっています。」として ...
中華民国の台湾統治政策
「台湾統治政策」 日本の理蕃政策と称された台湾原住民に対する統治政策は、原住民の教育水準向上に貢献し、法的には日本人や中国語系住民とほぼ同等の権利を認めております。 このように日本の台湾統治は、「武力蜂起は徹底弾圧」「インフラの整備」「日本人意識の植え付け」という特色を持っていました。これは西南戦争後の日本政府政策に酷似しており、日本は台湾を国内の一地方として捉えていたこと考えられます。 1942年には台湾で陸軍特別志願兵制度が始まり、1944年には徴兵制も実施された。約20万人余りの台湾人日本兵(軍属を ...